死刑存廃問題 part2
脱線しまくったpart1を猛烈に反省した上で、
こちらでは死刑存廃問題のみに焦点を絞ります。
ちなみに2回に分けてもなお 長文です。ごめんなさい。
(だったら、part1いらなかったんじゃ・・・)
世界情勢としては1990年代以降、
各国 死刑は廃止の傾向にあるらしいけど、
オレ個人としては結論からいうと死刑存置派です。
ここからは無知を承知で語らせてもらいます。
まず、死刑存置論の主張というのは大きく分けると・・・
①犯罪予定者への威嚇効果と犯罪抑止
②遺族の代理制裁
それに対して死刑廃止論者の主張は・・・
①死刑も【殺人】に他ならない
②加害者側の人権問題
③応報刑では犯罪を抑止できない
※死刑を廃止した国で、その後 凶悪犯罪が増えたかというと
それ以前と件数は変わらなかったというデータが出ている
こんなとこだと思います。
個人的にはこれらの理由を挙げられたところで
死刑廃止論にはやっぱり納得がいかないんです。
死刑そのものはたしかに野蛮な行為かもしれないけれど、
自分が遺族の立場になって考えなくとも、頷くことができない。
①死刑も【殺人】に他ならない
人が人を殺すというのは、たとえ相手が凶悪犯罪者であろうとも、
忌むべき行為かもしれない。たしかに一理あると思う。
ただオレの考えでは、意図して殺人を犯した人間は、
その時点で、もはや【人】じゃないと思うんです。
犯行時、心神喪失が認められても関係ない。
どんなに壮絶な過去があろうとも
そこだけは踏み越えてはいけない人としての最終ライン。
あぁ~・・・でも被害者が相当な悪人で、
散々ひどい仕打ちを受けていたりでもしたら、
情状酌量の余地ありってやつなのかなぁ。難しいですね。
②加害者側の人権問題
これに関してはとくに納得がいかない。
法律では1人殺害を犯した者は死刑にできるはずなのに、
実際の死刑適用基準では・・・
1人殺害の場合は有期懲役。
2人殺害の場合は無期懲役 or 残忍性等によっては死刑。
3人以上殺害の場合は死刑。
・・・という、これまでの判例を元に行ってきた。
また光市母子殺害事件のように、犯人が少年であったときには・・・
4人以上殺害の場合は死刑。
・・・というのが暗黙の了解だったらしい。
数学どころか算数ができればわかる計算だ。
被害者の命は、加害者の命よりも軽いと言ってるようなもんだ。
今回は妻子(2人)の命が奪った犯人が少年だったということもあり、
判決に注目が集まっていたわけだけど、結果は死刑。
加害者側の弁護人は死刑廃止論を訴えている人物だけど、
そのために用意した虚偽の言動等は故人への冒涜としか思えない。
また、死刑判決が下った後の本村さんの記者会見中の
マスコミの馬鹿っぷりには本当に反吐がでそうだった。
「今回の事件で死刑へのハードルが下がったと思いますが・・・」
ハードルて。
どういう神経をしているのかわからない。
またそれとは別の記者は、
判決が下った際、心の中で亡くなった妻子に報告をしたという
本村さんのコメントを受けて・・・
「どのような声をかけたのか、よろしければ・・・」
アホかと。
なぜそんなことを公表する必要がある?!
どこまでアホなんだろう本当に。
殺人事件がおこるたびに遺族の家に押しかけたり、
殺人ではなくとも、大切な人を失った芸能人がいれば
涙を流せ!とばかりに執拗にマイクを突きつける。
いまに始まったことじゃないけど、
ここ数年のマスコミの節操のなさは異常に思えるし、
メディアスクラム(情報操作にもなりかねない集団的過熱取材)に対して、
なんの疑いもなく右に左に振れまくる世論もちょっと異常だ。
で!話を加害者の人権・・・に戻すけど、
「更正の見込み」ってのもなんなんだろうか?!
見込みがあったところで、なぜそんなチャンスが与えられるんだろう。
オレがこれまで生きてきた倫理観では、
本当の意味で更正したなら、自ら命を絶つしかないように思う。
命尽きるまで遺族のためにやれることをする・・・
・・・なんてことは、自分の感覚で言えばそんな資格はないと。
愛する人間の命を奪った奴になんて、何も与えてもらいたくない。
とにかく何から何まで加害者は守られすぎだと思う。
③応報刑では犯罪を抑止できない
これに関しては「で?!」としか言いようがない。
死刑を廃止したことで犯罪が減ったなら話は別だけど、
変わりがないのなら廃止する必要もないと思う。
『犯人が死刑になったところで被害者の心は晴れない』
・・・なんていうのは当たり前の話で、
殺人事件に巻き込まれた遺族の方々には
その瞬間から死ぬまで心が晴れるなんてことはないと思う。
殺人という罪は、何をしてもきっと償えるものじゃない。
オレが死刑存置派なのは、被害者感情でモノを語れば、
「人を殺したんだからお前も死んで償え!」
・・・ということじゃなくて、
自分にとって大切な人の命が
軽く扱われたくないということに尽きる。
今回、こんなことをテーマに日記を書いてしまって、
「殺」「死」等の文字を多用するだけで、いい気分がしなかった。
それほど負の力っていうのは強大なんでしょう。
白の絵の具に100分の1の黒を混ぜるだけで一気に濁るように
100の喜びよりも、1つの悲しみの方が強かったりする。
・・・にも関わらず、いざ与えようという意識さえあれば、
喜びよりも悲しみの方がいとも簡単に与えられたり。
つくづく人間って繊細で不都合に創られてるなって思う。
そんな中、自分の意志や信念を曲げることなく、
なおかつ 人を一切傷つけず・・・というのは至難の業だけど、
part1でも書いたように、そうやって【思考する】ことが
すべての人間に必要なことだと思う!!
ゆえに未完成すぎる自分を自覚しながら、それを理想とする!!
肝心な部分であまり考えないくせに、
人間って、生きるって、幸せってなんぞや?!と、
モヤモヤモヤモヤ精神論ばかり考えすぎているオレは、
もう少し考えを即行動に移せるようにしないと、
このままじゃ社会的にクソみたいな人間になってしまうけれど、
それはまた別の話。。







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